ゼロトラスト実現におけるプロセスとは-基礎知識から覚えておくべきテクノロジー、技術的課題まで解説
大きく変化するシステム環境、増大するサイバー脅威など、現代のビジネス環境においてセキュリティ対策の重要性はかつてないほど高まっています。従来の境界型セキュリティでは対応しきれない複雑な脅威に対応するために、注目が集まっている手法が「ゼロトラスト」です。用語としては聞いたことがあっても、具体的な内容についてはわからないという方は多いのではないでしょうか。
この記事では、ゼロトラストの基礎知識から企業における実現プロセス、そして技術的課題まで、わかりやすく解説します。
■ゼロトラストの定義と基本原則
ゼロトラストを実現するためには、基本的な概念などの基礎知識を身に付けておくことが重要です。なお、この記事では「ゼロトラスト=ゼロトラストセキュリティ」として進めます。
◇ゼロトラストの基本的な概念
ゼロトラストとは「すべてのアクセスを信用しない」という原則に基づくセキュリティの考え方やアプローチ方法です。
ゼロトラストではネットワークの内部と外部を意識的に区別しません。「ネットワーク内部は信頼できる」という概念を否定し、すべての通信、ユーザー、デバイスを潜在的な脅威であるとみなすセキュリティモデルです。
現代では、クラウドサービスやリモートワークの普及などにより、ネットワークの内部と外部の境界が曖昧になりました。このような環境下では、すべてのアクセスを厳格に検証することが重要です。
ゼロトラストは、従来の境界型セキュリティでは対応しきれない複雑な脅威に対し、柔軟で包括的なセキュリティ対策を実現します。
◇従来のセキュリティモデルとの違い
企業における従来のセキュリティ戦略は「境界型セキュリティモデル」でした。このモデルは、社内ネットワークでのアクセスを信頼し、外部からの攻撃はファイアウォールなどにより防御するといったアプローチです。しかし、このアプローチは、現代のデジタル環境下では不十分です。クラウドサービス、モバイルデバイス、リモートワークなどの普及により、従来の境界は実質的には存在しません。ゼロトラストはこのような変化に対応し、ネットワークの場所に依存しない、現代の環境に適したセキュリティモデルです。
より詳しく従来のセキュリティモデルとの違いについて知りたい方は、こちらの記事もおすすめです。
→「ゼロトラストネットワークとは?従来モデルとの違いやメリット・デメリットについて解説」
◇ゼロトラストの3つの主要な原則
ゼロトラストには3つの主要な原則が存在します。
・信頼せず常に確認
・最小権限を適用
・継続的な監視と検証
1つ目の「信頼せず常に確認」は、ゼロトラストにおける根本的な大原則です。いかなるユーザー、デバイス、アプリケーションも、厳格な認証と検証なしには信頼しません。
2つ目の「最小権限を適用」は、各ユーザーやデバイスには、業務遂行に必要な最小限の権限のみを付与する原則を指します。これにより、万が一の不正アクセスや攻撃における被害範囲を最小限に抑えられるでしょう。
3つ目の「継続的な監視と検証」は、ネットワークにおけるすべての活動を常時モニタリングし、異常や脅威をリアルタイムで検出するという原則です。これにより、潜在的な脅威やインシデントを早期発見できます。
これらの原則により、ゼロトラストは現代のサイバーセキュリティにおける最も効果的なアプローチの一つとして注目されています。
■ゼロトラストの導入で期待される効果
ゼロトラストは、単なるセキュリティ対策を超えて、企業の経営戦略に大きな価値をもたらす革新的なアプローチとしても注目されています。ここでは、それらを含む効果について説明します。
◇セキュリティの強化
ゼロトラストは、従来のセキュリティモデルとは根本的に異なるアプローチによって、企業のセキュリティを向上させます。社内外のすべての通信に対し、常に厳格な検証を行なうため、内部不正や高度なサイバー攻撃への抜本的な対策が可能です。
また、最小権限の原則に基づき、情報漏えいや不正アクセスが発生しても、被害を最小限に抑えられます。
◇コスト削減と運用効率の向上
ゼロトラストの実現に際し、シングルサインオン(SSO)や多要素認証(MFA)を活用することで、セキュリティを強化しながらユーザーの業務効率を向上させることが可能です。
また、継続的通信監視により、セキュリティインシデントへの迅速な対応も可能となり、潜在的なリスクを早期発見できます。さらに、システム全体の可視性が向上することによって、不要なセキュリティリソースを削減し、管理者の負担を大幅に軽減できます。
◇デジタルトランスフォーメーションの加速
コンサルティングファームであるPwCの調査によれば、ゼロトラストを実装した企業の40%以上が「DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進・多様な働き方の実現」を最大の効果として挙げています。
次いで「ネットワークやセキュリティのコスト削減」「データ流出リスク軽減といったセキュリティの向上」も効果としてあげられていますが、いずれも30%強~40%弱です。この結果から、ゼロトラストの実現はDX推進に多大な影響を与えていることがわかります。
◇高い投資対効果
ゼロトラストへの投資は、直接的な経営メリットだけでなく、無形の価値においても高い効果を発揮します。例えば、アメリカのNOV社における事例では、ゼロトラストの実現によりネットワーク速度を10~20倍に向上させ、ネットワークシステムのみで年間6億5,000万円以上のコスト削減を達成しました。
さらに、ネットワーク以外のすべてのシステムを加味すると、全体で数十億円のコストを削減できる見込みです。セキュリティインシデントによる信頼失墜リスクの低減、業務継続性の確保、DXの推進などといった無形の価値に対し、ゼロトラストは重要な要素です。
■ゼロトラストの導入で覚えておくべきテクノロジー
ゼロトラストを実現するためには、ゼロトラストを支えるテクノロジーへの理解が欠かせません。ここでは、それらの要素について一つずつ解説します
◇ゼロトラストの5つの柱
米国サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)は、ゼロトラストセキュリティ戦略の基盤として5つの柱を定義しています。
これら5つの柱において、最小権限アクセス・継続的な検証・厳格な認証といった3つの原則を実現することが重要です。
・アイデンティティ
・デバイス
・ネットワーク
・アプリケーションとワークロード
・データ
それぞれの柱は相互に連携し、組織全体のセキュリティ体制をあらゆる方向から段階的に強化する役割を果たしています。
◇アイデンティティ管理の重要性
ゼロトラストにおけるアイデンティティ(ID)管理は、ゼロトラストセキュリティの根幹をなす最も重要な要素です。単なるユーザー認証を超えて、各ユーザーの属性、権限、行動を継続的に検証し、最小権限の原則に基づいてアクセス制御を行ないます。
クラウドネイティブ時代において、分散する情報資産を保護するためには、厳格なID管理とコンテキストに基づく動的な認証が不可欠です。組織は、ユーザーのアイデンティティを常に監視し、適切な権限のみを付与することで、潜在的なセキュリティリスクを大幅に低減できます。
◇多要素認証(MFA)の実装
多要素認証は、従来のパスワード認証における脆弱性を克服し、多角的なユーザー認証を行なうために重要な技術です。知識情報、所持情報、生体情報という3つの認証要素のうち、2つ以上の認証要素を組み合わせることにより、不正アクセスのリスクを大幅に低減できます。
また、ユーザーの行動履歴に基づいたリスクベース認証と組み合わせることで、セキュリティと利便性のバランスを取ることが可能です。例えば、普段と異なるアクセス環境や行動を検知した際に追加の認証を要求するなど、状況に応じて柔軟な認証方式を導入できます。
多要素認証(MFA)についてより詳しく知りたい方は、こちらの記事も併せてご覧ください。
→「多要素認証(MFA)とは?必要性や二段階認証との違い、導入のメリットを紹介」
◇マイクロセグメンテーション技術
マイクロセグメンテーションは、ネットワークを細分化し、セグメント間のトラフィックを可視化かつ厳密に制御する技術です。従来の境界型セキュリティとは異なり、ホスト単位で論理的な境界を設定し、攻撃者のラテラルムーブメント(侵入後にネットワークを横移動し、被害を拡大する攻撃手法)を阻止します。クラウド環境やリモートワーク環境において、マイクロセグメンテーションはきめ細かなアクセス制御を実現するための重要な技術です。
■企業におけるゼロトラスト実現プロセス
ゼロトラストの実現は、企業のセキュリティ戦略を抜本的に改革する重要な取り組みです。そのための実現プロセスについて簡潔に解説します。
◇STEP1:導入前の準備と評価
ゼロトラストを実現する最初のステップは、自社のセキュリティ環境を徹底的に分析することです。企業の資産、ネットワーク構成、データフロー、ユーザー権限を詳細に調査し、潜在的な脆弱性を特定することが重要です。
業務プロセスと組織のミッションについて深く理解し、各プロセスの信用度を慎重に設定します。初期段階では、ビジネスでの重要度が低いプロセスから段階的に導入を進めることにより、リスクを最小限に抑えながら、ゼロトラストの効果を段階的に検証できます。
◇STEP2:SASEソリューションの選定
SASE(Secure Access Service Edge)は、ネットワークとセキュリティ機能をクラウド上に集約し、さまざまなセキュリティ対策を包括的に提供するソリューションです。ソリューション選定の際は、以下の観点から総合的に評価することが重要です。
・既存のネットワークアーキテクチャとのシームレスな統合
・マイクロセグメンテーション機能
・高度な脅威防御能力
・クラウドリソースへの安全な接続
など
企業の特性や要件に応じて最適なソリューションを選択することが、成功の鍵となります。SASEについてはこちらの記事でも詳しく解説しているため、併せてご覧ください。
→「IDaaSとSASEを連携させ、より強固なゼロトラスト環境を構築する」
◇STEP3:エンドポイントデバイスの検証
テレワークの普及により、エンドポイントデバイスのセキュリティ対策はますます重要になっています。EDR(Endpoint Detection and Response)の導入は、未知のマルウェア検知や異常な動作の監視、迅速な対応を実現できるという理由により推奨されます。
社内外を問わず、すべてのデバイスに対してセキュリティパッチの適用、アンチウイルスソフトの導入、デバイス管理の徹底が求められます。
◇STEP4:ユーザーとデバイスの認証強化
ゼロトラストの本質は、すべてのアクセスを常に検証することです。そのため、多要素認証(MFA)を導入し、モバイルデバイスや生体認証などの追加要素による確実な本人確認を行ないます。
また、IDaaS(Identity as a Service)を活用することで、複数のサービスやシステムにおけるアカウントを一元的に管理し、シングルサインオン(SSO)を実現させることが可能です。IDaaSの活用により、より安全かつ利便性の高いシステム環境を構築できます。
◇STEP5:継続的なモニタリングと改善
ゼロトラストは静的なモデルではなく、常に進化し続けるセキュリティアプローチです。SOAR(Security Orchestration, Automation, and Response)などのツールを活用し、インシデント対応の自動化を実現します。
定期的なセキュリティ評価、ポリシーの見直し、最新の脅威情報に基づくアップデートを継続的に実施することにより、セキュリティ体制を常に最適化し、進化し続ける脅威にも自動的に対応します。
■ゼロトラスト導入における技術的課題
ゼロトラストの実現は、現代の企業にとって不可欠な戦略です。しかし、Google社でも完全に実現するまでに8年もの歳月を要したことからも、容易な施策ではないことがわかります。ゼロトラストの実現にはどのような課題が存在するのか、その内容を見ていきましょう。
◇複雑なインフラ環境への対応
企業のIT環境は、プロキシ、サーバー、ビジネスアプリケーション、データベース、SaaSソリューションなど、多様な要素から構成されています。また、オンプレミスとクラウドが混在するハイブリッド環境はより複雑です。既存/新規のアプリケーションやハードウェアを統合しながら、各ネットワークセグメントを効果的に保護することは非常に困難です。
大規模な組織においては、異なるシステムやプラットフォーム間での互換性確保が、技術的には最大の課題となります。各システム間でのデータ連携、セキュリティポリシーの統一、アクセス制御の一元管理など、多岐にわたる技術的な調整が求められます。
◇導入コストと人的リソースの課題
ゼロトラストを実現するためには、新たな技術とツールの導入、システムの再構築、従業員の研修など、多大な初期投資が必要となります。PwCの調査によれば、導入企業の85%が何らかの障壁や課題を経験しており、最も大きな障壁は「実装にコスト(時間・人・予算)が掛かりすぎる/不足している」(68.6%)という点でした。
さらに、継続的な監視とポリシーの更新には高度な専門スキルが求められ、これらの人的リソースのコストも無視できない状況です。特に中小企業においては、限られたIT予算と人材で、これらの課題に対応することが大きな挑戦となっています。
◇ツール統合の複雑性
ゼロトラストを実現するためには、ZTNA、SASE、MFA、SSO、デバイス認証、IDS/IPSなど、多様なツールやソリューションを組み合わせる必要があります。これらのツールは、OSやデバイス、クラウドプロバイダーごとに異なる仕様を持ち、相互運用が非常に困難です。同種のデバイスであっても、完全には互換性を保証できないケースが多く、一貫したセキュリティ運用を実現するには高度な技術的知見が求められます。このようなツール統合の複雑性も、大きな課題の一つです。
◇組織文化とマインドセットの変革
ゼロトラストの実現は、単なる技術的な変更だけでは達成困難であり、組織全体の文化とマインドセットの根本的な変革が必要です。特に大規模な組織では、関係者の同意を得て、適切なトレーニングと計画を実行することが不可欠です。
経営層から現場の従業員にいたるまで、すべての関係者が積極的にこの取り組みに参加し、組織全体でセキュリティ意識を高めていくことが、ゼロトラストの実現に向けた最も重要な要素となります。
ゼロトラスト導入におけるIDaaSなら「GMOトラスト・ログイン」がおすすめ
ゼロトラストにおけるID管理は、セキュリティの根幹をなす最も重要な要素であり、そのためのソリューションとしてIDaaSは欠かせません。GMOトラスト・ログインは、「ID・パスワード管理」「シングルサインオン(SSO)」「認証強化」「ID連携」などの機能を備えたクラウド型ID管理サービス(IDaaS)です。
GMOトラスト・ログインで連携可能なアプリは約8,000種類と国内最多で、クラウド型のため導入コストがかからず、基本料金0円で即日導入も可能です。多要素認証にも対応しており、セキュアな業務環境の構築にも役立ちます。
■まとめ
ゼロトラストは、現代の企業のIT環境に適したセキュリティモデルです。ゼロトラストの実現はセキュリティを強化するだけでなく、企業の経営戦略にも大きな価値をもたらします。複雑なインフラ環境、高額な導入コスト、ツール統合の難しさなど多くの課題が存在しますが、クラウドやリモートワークが主流となった現代においては、必要不可欠な取り組みです。DX推進にも多大な影響をもたらすゼロトラストの実現に向けて、少しずつ進めてみてはいかがでしょうか。
この記事を書いた人
GMOグローバルサイン株式会社
トラスト・ログイン事業部
プロダクトオーナー
森 智史
国内シェアNo.1のSSL認証局GMOグローバルサインで10年間サポート部門に従事。抜群の知識量と分かり易い説明で多くのお客さまからご支持いただく。
現在は自社IDaaSのプロダクトオーナーとしてお客さまの意見を伺いながら使いやすくセキュリティの高いサービスを開発者たちと共に作成中。